脳幹にトラブルがあると、なぜ「全部うまくいかない」のか?|脳幹障害とリハビリ難民・家族のためのやさしい解説
「退院してリハビリをがんばっているのに、思うように良くならない」
「病院の中では歩けていたのに、自宅に戻ったらむしろ不安定になってきた」
「手や顔がどんどん固まってきて、家族としてどう支えたらいいか分からない」
こうした悩みを抱えている方は少なくありません。
いわゆる「リハビリ難民」と呼ばれる状態です。
・リハビリはしている
・でも、身体はなかなか変わらない
・むしろ疲れやすく、生活の不安は増えていく
この背景に、じつは見落とされがちな「脳幹(のうかん)」という部分の問題があります。
脳幹は、呼吸や心臓の動きだけでなく、
姿勢・バランス・飲み込み・表情・目の動き・集中力・やる気など、
私たちの「生活そのもの」を支える大事な場所です。
この記事では、
- 脳幹にトラブルが起きると、なぜ全身が「ちょっとずつ」おかしくなるのか
- なぜ、退院後のリハビリがうまくいかなくなりやすいのか
- ご家族として何を意識し、どう支えていくとよいのか
を、専門的な内容をかみ砕きながら、わかりやすくお伝えしていきます。
「もう良くならないのでは…」と感じている方にこそ、
最後まで読んでいただきたい内容です。
1.脳幹とは?「全身のまとめ役」になっている場所
まずは、そもそも脳幹とは何かを簡単に整理しておきましょう。
脳は大きく分けると、
- 大脳(考える・感じる・動かす指令を出す)
- 小脳(動きの微調整・バランス・学習)
- 脳幹(呼吸・心拍・姿勢・覚醒レベルなどをまとめる)
の3つに分けられます。
このうち脳幹は、
- 中脳(ちゅうのう)
- 橋(きょう)
- 延髄(えんずい)
という3つの部分からできています。
ここは、たとえて言うなら「体の操作盤」「コントロールセンター」のような場所です。
脳幹には、次のような大事な役割があります。
- 呼吸や心臓の動きをコントロールする(生命維持)
- 姿勢をまっすぐ保つ・バランスをとる
- 歩行のリズムをつくる(足を交互に出すパターン)
- 飲み込み・むせ・咳などの動きを調整する
- 顔の表情筋や目の動きをコントロールする
- 耳や体からの感覚情報を「脳の上の方」へ中継する
- 覚醒レベル(ぼーっとしているか、集中できているか)を調整する
- 自律神経(血圧・体温・消化など)のバランスをとる
つまり脳幹は、
「からだの土台」「こころの安定」「生活のリズム」のほとんどに関わっています。
脳幹にトラブルが起きると、特定の筋肉や関節だけでなく、
「全身のつながり」そのものが乱れてしまうのです。
2.脳幹障害で起こりやすい症状:「全部がちょっとずつうまくいかない」
脳幹梗塞(脳幹の脳梗塞)や脳幹出血、
小脳や延髄などを巻き込む病変が起こると、どのような症状が出るのでしょうか。
代表的なものを、できるだけわかりやすく整理してみます。
2-1.姿勢・バランスが安定しない
- 座っていても、すぐに疲れて姿勢が崩れる
- 頭がどちらかに傾きやすい
- 立つときにフラフラして怖い
- 歩行器や杖がないと歩くのが不安
これらは、脳幹と小脳・前庭(耳の奥のバランスのセンサー)の連携が崩れることで起こります。
「足の筋力だけの問題」ではなく、身体全体のバランスシステムの問題として捉える必要があります。
2-2.飲み込み・むせ・声の問題
- 飲み込みにくい、よくむせる
- 声が出しにくい、かすれる
- 長く話すと疲れてしまう
これは、脳幹にある嚥下(えんげ)・発声に関わる神経の核が影響を受けることで起こります。
安全に食事をとることだけでなく、
「話す」「笑う」「コミュニケーションをとる」ことにも支障が出やすくなります。
2-3.顔の動き・目の動きの問題
- 片側の顔が動きにくい(表情が乏しい)
- まぶたが閉じにくい・開きにくい
- 眼球がスムーズに動かない(ものが二重に見える・ピントが合いにくい)
顔や目の動きは、脳幹から出ている脳神経がコントロールしています。
ここが障害されると、表情や視線の安定、視界の情報処理にも影響が出ます。
2-4.「ボーッとしている」「集中が続かない」
- 日中なのに眠そうにしている
- 話しかけても反応がゆっくり
- リハビリ中、すぐに注意がそれてしまう
これは、脳幹の「覚醒システム」が弱っているサインかもしれません。
上行性網様体賦活系(ARAS)というシステムがうまく働かないと、
からだ以前に「脳のスイッチがONになりにくい」状態になります。
2-5.自律神経の乱れ・疲れやすさ
- すぐに血圧が上下する
- 体温調節が苦手になった
- ちょっと動いただけでぐったりしてしまう
こうした不調も、脳幹の働きと深く関係しています。
リハビリで少し動いただけなのに、極端に疲れてしまう。
この場合、「がんばりが足りない」のではなく、
脳幹・自律神経の負担が大きすぎる可能性があります。
3.なぜ「病院ではできていたこと」が自宅でできなくなるのか
リハビリ難民のご家族から、よく聞く言葉があります。
「入院中はもっと歩けていたのに…」
「病院のベッドでは起き上がれたのに、自宅のベッドになるとうまくいかない」
これは決して珍しいことではありません。
理由の一つは、「環境が変わると、脳幹への負担も大きく変わる」からです。
3-1.病院は「脳幹にやさしい環境」になっている
病院の環境は、多くの場合、
- ベッドの高さが調整されている
- マットレスの固さが一定
- 床が平らで転びにくい
- 照明が均一で、視界が安定している
- トイレ・洗面所までの動線がシンプル
こうした条件が整っています。
これは、脳幹にとって言い換えれば、
「姿勢・視線・バランスがとりやすい環境」
ということです。
3-2.自宅は「生活らしさ」と引き換えに、負担も多い場所
一方、自宅の環境はどうでしょうか。
- ベッドが柔らかく、沈み込む
- 椅子やソファの高さがバラバラ
- 段差や敷居が多い
- 家具や物が多く、視界がごちゃつく
- 廊下やトイレが狭い
こうした環境は、健康な人にとっては「住みやすさ」かもしれませんが、
脳幹に障害を抱えた方にとっては、
「姿勢とバランスを崩しやすい、負荷の高い環境」
になってしまうのです。
3-3.「リハビリが足りない」のではなく「環境が合っていない」
ここで大事なのは、
「病院ではできたのに、自宅ではできない」=「リハビリが足りない」
ではなく、
「病院では環境が整っていたが、自宅では脳幹への負担が増えてしまっている」
と捉え直すことです。
リハビリの内容そのものも大事ですが、
- ベッドや椅子の高さ
- 照明の明るさ
- 座る位置からテレビ・テーブルまでの距離
- 手すりの位置
- 足元の滑りやすさ
こうした「生活の舞台設計」が、脳幹リハビリの効果を大きく左右します。
4.リハビリは筋トレではない:「全身のつながり」を取り戻す作業
脳幹に問題があるとき、
「筋力トレーニングを増やせば良くなる」とは限りません。
むしろレジスタンストレーニングを増やしすぎると、
- 余計な筋緊張が高まる
- 疲労が増えて集中が続かない
- 代償動作(変なクセ)が定着しやすい
といったリスクもあります。
ここで重要になるのが、「全身のつながりを整える」という発想です。
4-1.体幹(コア)の安定がすべての土台になる
- 座っているとすぐにくずれる
- 頭がどちらかに傾く
- 立ち上がりでグラつく
こうした場合、手足の筋トレだけでは不十分です。
まずは、
- 骨盤がまっすぐ乗っているか
- 座面の高さが合っているか
- 背もたれに過度に頼りすぎていないか
といった体幹=コアの安定を優先して整える必要があります。
4-2.頭と首の位置は「脳幹の窓口」
頭の位置・首のねじれは、
- 眼の位置
- 耳(前庭)の位置
- 口・舌・喉の位置
すべてに影響します。
頭が前に突き出たり、常に片側に傾いていると、
- 飲み込みが不安定になる
- 呼吸が浅くなる
- 視線がブレて、フラつきやすくなる
といった問題を引き起こします。
リハビリでは、
- 後頭下筋群(後頭部の短い筋肉)
- 舌骨の周りの筋(舌骨上筋群・舌骨下筋群)
- 頸部の前後・左右のバランス
を丁寧に整えながら、「頭が空間の中でまっすぐ保てる状態」を目指します。
4-3.呼吸・表情・飲み込みも「姿勢」とセットで考える
脳幹は、自律神経とも密接に関係しています。
- 浅く速い呼吸
- 表情が乏しい
- 飲み込みがぎこちない
こうした症状があるとき、
呼吸練習や嚥下訓練だけを増やしても限界があります。
・体幹を整える
・頭頸部の位置を整える
・そのうえで呼吸や飲み込みの練習をする
という「順番」がとても大事です。
5.ホームエクササイズが続かない本当の理由と、その解決法
リハビリ難民の方・ご家族から、よく聞く言葉のひとつが、
「自主トレが続かない」
「家で何をやったらいいかわからない」
というものです。
ここにも、脳幹障害ならではの落とし穴があります。
5-1.「うまくいっている感覚」がわかないと、人は続かない
ホームエクササイズが続くかどうかは、
- メニューの数
- 難易度の高さ
よりも、
「これは自分にとって意味がある」「うまくできている実感がある」
かどうかに大きく左右されます。
講義の中でも、ある重症例に対して、
- リラックスできるホームプログラムを10個用意
- それぞれに「うまくいった状態」と「力が入りすぎている状態」の基準を言語化
- A→B→Cと段階づけして、できたところにチェックを入れていく
という方法が紹介されていました。
ポイントは、次の3つです。
- 「やればいい体操」ではなく、「どうなったら成功か」を明確にする
- その成功を、本人の言葉・感覚で説明できるようにする
- できた・できないが「見える化」されるチェック表を使う
5-2.ご家族ができる「声かけ」と「記録」のコツ
ご家族がホームエクササイズに関わるときは、
- 「今日は何回やった?」ではなく
- 「今日はどの体操が一番やりやすかった?」
- 「昨日より力みが少なかった気がするけど、本人はどう感じた?」
といった「質」に踏み込んだ声かけをしてあげると、
本人の気づきとモチベーションが育ちやすくなります。
簡単なメモで構わないので、
- 日付
- やったメニュー
- 本人のコメント(「今日は右足が軽かった」など)
を残しておくと、リハビリスタッフとの共有もしやすくなり、
「みんなで良くしていく」感覚が育ちます。
6.ご家族が今日からできる「脳幹にやさしい生活の整え方」
ここからは、専門的な手技ではなく、
ご家族が今日から実践できるポイントを具体的にお伝えします。
6-1.ポイント① 姿勢が整いやすい「居場所」をつくる
- 座る椅子の高さを見直す(足裏がしっかり床につくか)
- ソファが柔らかすぎて沈み込んでいないか
- 座ったとき、膝が上がりすぎていないか
- テレビ・テーブル・家族の顔が「見やすい位置」にあるか
これだけでも、脳幹への負担は大きく変わります。
「座るとすぐ疲れてしまう」=体力不足と決めつけず、
まずはいす・テーブル・周りの配置を見直してみてください。
6-2.ポイント② 朝〜夜のリズムを「なるべく一定」にする
脳幹は、自律神経や睡眠覚醒リズムとも関係が深い場所です。
- 起きる時間
- 食事の時間
- リハビリ・散歩など活動する時間
- 寝る前の過ごし方
これらを毎日大きく変えすぎないことが、
覚醒レベルと体調の安定につながります。
「何時きっかりに」ではなく、
- だいたい同じ時間に起きる
- だいたい同じ時間に3食とる
- 夜更かしを少し減らす
といった「ゆるい一定リズム」からで構いません。
6-3.ポイント③ 無理のない通院・訪問スケジュールを組む
リハビリの回数は多ければ多いほど良い、というわけではありません。
- 毎回の通院でぐったりしてしまう
- リハビリの日は一日つぶれてしまい、生活との両立が難しい
こうした状態が続くと、
からだだけでなくこころも疲れてしまいます。
・通院リハビリと訪問リハビリをどう組み合わせるか
・家族の負担をどう分散するか
・「続けられるペース」はどこか
を、担当のリハビリスタッフやケアマネジャーと一緒に話し合ってみてください。
「続けられること」そのものが、最大のリハビリ効果になります。
7.「どこまで良くなりますか?」より大切な視点
脳幹障害のリハビリに関わっていると、
ご家族から必ず聞かれる質問があります。
「どこまで良くなりますか?」
「前みたいに歩けるようになりますか?」
正直に言うと、これに正確に答えられる専門家はいません。
なぜなら、回復の度合いは、
- 障害の場所・大きさ・重さ
- 年齢・体力・他の病気の有無
- 治療・リハビリの内容
- 自宅環境・生活リズム
- 家族の支え方
- 本人の性格・モチベーション
など、たくさんの要素が複雑に関わっているからです。
ただ、ひとつだけはっきり言えるのは、
「どこまで良くなるか」よりも
「良くなりやすい条件をどこまで整えられるか」
のほうが、現実的で、前向きな視点だということです。
・姿勢や環境は整えられているか
・ホームエクササイズは、「やらされている」から「自分で選んでいる」に変わっているか
・家族が一人で抱え込みすぎていないか
こうしたことを一つずつ見直していくことで、
回復のカーブは、ゆっくりでも確実に変わっていきます。
8.チェックリスト:リハビリ難民になりかけているサイン
最後に、ご家族と一緒に見直していただきたい
簡単なチェックリストを用意しました。
当てはまるものが多いほど、
「リハビリ内容」より「環境やつながり」の見直しが必要かもしれません。
8-1.からだのサイン
- 座っているとすぐに姿勢が崩れる
- 頭がいつも同じ方向に傾いている
- 歩くとき、ふらつきやすく不安が強い
- 食事中によくむせる・飲み込みが不安
- 表情が乏しく、疲れているように見える
- 日中でもボーッとしている時間が長い
8-2.生活・環境のサイン
- 自宅の椅子やソファの高さがバラバラ
- ベッドが柔らかく、起き上がりが大変そう
- よく使う動線に段差・絨毯・コードなどが多い
- トイレ・洗面所が狭く、介助しづらい
- 生活リズム(起床・食事・就寝時間)が日によって大きく変わる
8-3.こころのサイン
- 本人が「どうせ良くならない」と口にすることが増えた
- 家族が「自分が頑張るしかない」と感じている
- リハビリに行くこと自体が負担で、気が重い
- 不安やイライラを誰にも相談できていない
もし、いくつも当てはまるときは、
「頑張りが足りない」のではなく、「一人で抱え込みすぎているサイン」かもしれません。
地域のリハビリスタッフ・主治医・ケアマネジャーなど、
使える支援は遠慮なくフル活用していきましょう。
おわりに:脳幹を知ることは、「希望の持ち方」を知ること
脳幹障害は、たしかに重いテーマです。
「ロックドイン症候群」「脳幹梗塞」「延髄外側症候群」など、
聞くだけで不安になる病名も少なくありません。
けれど、脳幹の役割を知ることは、
決して「絶望の確認」ではありません。
・なぜ姿勢がこんなに大事なのか
・なぜ環境を整えると動きが変わるのか
・なぜ家族の支え方で回復のカーブが変わるのか
その「理由」が見えてくることは、
ご本人にも、ご家族にも、そして支援する側にも
大きな安心につながります。
リハビリは、一気に劇的な変化が起こるものではありません。
それでも、
- 座りやすくなった
- むせが少し減った
- 歩くときの恐怖が少し減った
- 顔の力みが和らいだ
そういった小さな変化の積み重ねが、
数か月後、数年後の大きな違いを生み出します。
「もう良くならない」と感じている方にこそ、
脳幹のこと・姿勢と環境のこと・ホームエクササイズの組み立て方を
一緒に考えていきたいと思っています。
あなたとご家族の「これから」が、
少しでも前向きに、少しでもラクになる一助になればうれしいです。

