― 脳卒中リハビリで起きている“理論と現場のズレ”を医療職が整理する ―
「エビデンスに基づいたリハビリを受けているはずなのに、
思ったほど体が変わらない」
「情報はたくさんある。でも、何を信じて選べばいいのかわからない」
脳卒中後のリハビリに関わる当事者やご家族、
そして現場で働く医療専門職の多くが、
一度はこのような違和感を抱いたことがあるのではないでしょうか。
近年、YouTubeやSNSでは、
理学療法士・作業療法士によるエビデンス紹介が非常に増えました。
論文、海外研究、最新トレンドがわかりやすく語られ、
学術的には「正しそう」に見える発信も少なくありません。
一方で、
「では、そのエビデンスによって、実際の生活はどう変わったのか」
という点が、十分に語られていないケースも多く見受けられます。
この記事では、
エビデンスを否定することなく、
しかし盲信することもなく、
なぜ“理論的に正しそう”なリハビリでも、
改善を実感しにくいことがあるのか
その構造を、
医療専門職の視点から、できる限り丁寧に整理していきます。
エビデンスとは「平均」であり、「個人の保証」ではない
まず大前提として、
エビデンス(科学的根拠)そのものは非常に重要です。
医療が経験や勘だけに頼らず、
一定の安全性と再現性を担保するために、
研究や統計が果たしてきた役割は計り知れません。
ただし、ここで一つ整理しておく必要があります。
エビデンスとは
**「特定条件下における集団の傾向」**を示すものであり、
目の前の一人が、どのように改善するかを保証するものではない
という点です。
多くの臨床研究では、
・年齢
・発症からの期間
・重症度
・合併症
・生活環境
といった要素が、ある程度そろえられます。
これは研究としては正しい手法ですが、
現実の生活は、そこまで単純ではありません。
睡眠、疲労、感情、家庭環境、役割、生活動線。
これらは研究では「ノイズ」として扱われがちですが、
実際の改善には強く影響します。
つまり、
エビデンスは「地図」にはなるが、
現在地や進み方まで教えてくれるものではない
ということです。
「動いている」ことと「改善している」ことは同じではない
脳卒中リハビリの現場では、
「動いた」「歩けた」「できた」という変化が、
改善として捉えられることがあります。
しかし、医療専門職の立場から見ると、
ここには慎重になるべきポイントがあります。
脳は非常に効率的な臓器です。
目的を達成するために、
もっとも楽な運動プログラムを選択し、学習します。
その結果、
・痙縮を利用した動き
・代償動作による動作獲得
・非麻痺側への過剰な依存
といったパターンが、
「動ける」という形で固定されていくことがあります。
これ自体が、すべて悪いわけではありません。
生活を成り立たせるための、
一つの適応戦略とも言えます。
ただし、問題になるのは、
それがどのような運動学習の結果なのかを、
きちんと説明されないまま「改善」と呼ばれてしまうことです。
・どの筋が、どのタイミングで働いたのか
・無意識下での制御はどう変化したのか
・生活の中で再現できているのか
これらが整理されないままでは、
本人も家族も、
「本当に良くなっているのか」が判断できません。
理論が悪いのではなく、「翻訳」が不足している
SNSや動画で語られる理論の多くは、
決して間違っているわけではないと思いたいです。
問題は、
理論が「現場の言葉」に翻訳されていないことです。
例えば、
・このアプローチで何が変わるのか
・変化が出るまで、どれくらいの時間軸なのか
・うまくいかない場合、何を修正するのか
こうした説明がないまま、
「この理論は正しい」「エビデンスがある」
という言葉だけが強調されると、
受け手は
「正しいはずなのに、なぜ自分は変わらないのか」
という疑問を抱えることになります。
これは、
エビデンスの問題というより、
説明責任と設計の問題です。
自費・保険外リハビリでも結果が変わらない理由
自費・保険外リハビリは、
制度上の制限が少なく、
自由度の高い支援ができる可能性があります。
しかし現実には、
・評価視点
・目標設定
・介入の考え方
が病院リハビリと本質的に変わらないまま、
「場所と費用だけが変わった」ケースも少なくありません。
結果として、
・頻度は増えた
・時間は長くなった
・でも生活はあまり変わらない
という状況が生まれます。
重要なのは、
セッション中の60分より、
それ以外の23時間がどう変わったかです。
これは、
Totonoeが大切にしている視点の一つでもあります。
人の体は、
生活の中で使われた通りに適応します。
どんなに良い介入でも、
生活環境・習慣・動線・役割が変わらなければ、
改善は一過性になりやすい。
第三者視点から見た「改善が続くケース」の共通点
ここで、
第三者的な視点として整理してみます。
実際に改善が積み重なっているケースには、
いくつかの共通点があります。
・動作だけでなく、生活場面での変化が具体的
・「何が変わったか」を本人が説明できる
・うまくいかない時の修正ポイントが明確
・支援者が万能ではなく、試行錯誤の過程を共有している
これらに共通するのは、
理論と現場が分断されていないという点です。
エビデンスを背景にしながら、
目の前の反応を観察し、
柔軟に調整していく。
これは、
特別な理論というより、
医療専門職としての基本姿勢とも言えます。
リハビリを選ぶときに、見てほしい判断軸
情報があふれる時代だからこそ、
当事者や家族には、
ぜひ次の視点を持ってほしいと思います。
・「改善」の定義を、具体的に説明してくれるか
・代償と再学習の違いを、わかりやすく話してくれるか
・生活全体の変化まで一緒に考えているか
・うまくいかなかった場合の修正案があるか
これらは、
理論の名前よりも、
はるかに重要な判断材料です。
エビデンスと現場は、対立しなくていい
エビデンスは「語られるもの」
改善は「積み重なるもの」
この二つは、本来対立しません。
エビデンスは、
私たちが大きな失敗を避けるための指針です。
一方で、
改善は、
生活・環境・習慣・感情といった、
個別性の中で起きていきます。
どちらか一方に偏ると、
判断は難しくなります。
大切なのは、
「語られている正しさ」よりも、
昨日より今日、
生活がどう変わったか。
その変化を、
一緒に言語化し、調整してくれる支援者かどうか。
この記事が、
情報に迷う誰かが、
自分に合ったリハビリを考えるための
一つの整理材料になれば幸いです。
※本記事は、特定の人物・団体・治療法を批判するものではありません。
※医療行為・診断を目的としたものではなく、医療判断は必ず医師とご相談ください。
※保険外リハビリの文脈では「改善」という表現を使用しています。

