- はじめに:高次脳機能障害が「思ったより改善しない」のはなぜか?
- 高次脳機能は「身体 × 運動 × 感覚 × 生活」の組み合わせで働く
- 前頭前野の働きは運動や姿勢に深く影響される
- 小脳は「運動+認知+感情」を統合する重要な司令塔
- 机上の訓練が改善しにくい理由①:感覚入力が少ない
- 机上の訓練が改善しにくい理由②:生活環境とのギャップ
- 机上の訓練が改善しにくい理由③:身体の不均衡が放置されている
- 運動 × 認知を組み合わせると脳は劇的に変わる
- デュアルタスク(歩行×認知)は生活改善に直結する
- 生活の中で使える認知こそ本物
- 訪問リハビリが効果的な理由
- Totonoe哲学:不調は「機能×習慣×環境」のズレから生まれる
- 家族が抱えている悩みもしっかり向き合う必要がある
- 生活が変わらないなら「訓練の方法」が間違っている
- まとめ:脳はまだ変わる。生活の中で、動きの中で。
はじめに:高次脳機能障害が「思ったより改善しない」のはなぜか?
高次脳機能障害、脳卒中後遺症(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血)によって、注意障害、遂行機能障害、記憶障害、感情の不安定、判断力低下、コミュニケーションの難しさなどが続き、「退院してからの生活」に大きな影響が出ることは珍しくありません。
しかし、実際に訪問リハビリや外来リハビリを受けている方からは、こんな声がよく聞かれます。
・プリント課題を続けているが、生活は変わらない
・机で集中できても、外出先では混乱する
・会話の途中で話題が飛びやすい
・仕事復帰するとミスや混乱が起きやすい
・家族関係がギクシャクして落ち込む
つまり「机の上の認知訓練」はできても、「生活の中での認知」が改善しないという大きな壁が存在しています。
この現象には理由があります。
高次脳機能は、身体の動きや生活環境と連動して働くからです。
高次脳機能は「身体 × 運動 × 感覚 × 生活」の組み合わせで働く
高次脳機能は、脳の内部で単独に働いているわけではなく、「身体」「姿勢」「感覚」「環境」「習慣」「生活場面」といった複数の要素が同時に統御されています。
私たちは生活の中で、歩きながら考え、料理をしながら次の手順を決め、家の片付けをしながら家族と会話し、計画や判断をしながら動いています。
これらはすべて「複合タスク」です。
一方、机上の認知課題は、刺激が単純で、動作も感覚もほとんど関わりません。
つまり、生活で使う認知と構造が違いすぎるのです。
前頭前野の働きは運動や姿勢に深く影響される
前頭前野は「実行機能」「判断」「注意」「計画」「問題解決」などを司る領域として知られていますが、実は移動動作、姿勢制御、バランスなどの身体統御と密接な関係があります。
特に、歩行中の注意配分、段差の判断、周囲の人との距離感など、生活上の重要な情報処理は、運動と認知が同時に求められる場面です。
つまり、身体を使わずに「脳だけ」を鍛えようとしても、生活に応用できる神経回路は育ちにくい、ということです。
小脳は「運動+認知+感情」を統合する重要な司令塔
小脳は昔から「運動の器官」と考えられてきましたが、現代の脳科学では、感情調整、思考、言語、情緒の安定にも関わることが明らかになっています。
Schmahmann らが提唱した「Cerebellar Cognitive Affective Syndrome(CCAS)」によって、小脳損傷が情緒不安定、社会性の低下、遂行機能障害につながる可能性が示されています。
つまり、「運動を通して小脳を刺激する」という方法は、認知だけでなく感情の安定にも寄与します。
机上の訓練が改善しにくい理由①:感覚入力が少ない
生活では、足裏の感覚、視覚、聴覚、触覚、位置感覚など、あらゆる感覚が統合されています。しかし、プリント課題や机上トレーニングには、これらの感覚入力がほとんどありません。
脳は感覚フィードバックと運動コントロールによって、「実行可能な認知機能」として働きます。
机上の訓練が改善しにくい理由②:生活環境とのギャップ
現実の生活は複雑です。
家の中では、家事、家族の会話、予定の管理、買い物、料理、掃除、片付けなど、瞬間的な判断が求められる場面が多数あります。
ところが机上の課題は、静かな環境で、周囲に危険も変化もほとんどありません。
つまり、脳が学習したことを生活で使えるようになりづらいのです。
机上の訓練が改善しにくい理由③:身体の不均衡が放置されている
脳卒中の方には以下のような身体的課題が残りやすいです。
・片麻痺
・歩行の左右差
・姿勢不良
・体幹機能の低下
・筋緊張の偏り
・感覚低下
・バランス障害
これらがある状態で机上の認知訓練だけ行っても、脳が受け取る情報自体が偏っているため、根本的な改善に結びつきづらくなります。
運動 × 認知を組み合わせると脳は劇的に変わる
最新の脳科学では、運動と認知機能が相互に影響し合うことが多数報告されています。
・運動が前頭前野の血流を増やす
・BDNFが神経可塑性に関与
・デュアルタスクが実行機能を強化
・有酸素運動が注意力、感情安定に影響
・荷重調整が小脳ネットワークを刺激
つまり、身体を使いながら認知課題を行うことで、脳は生活に必要な形で再構築されます。
デュアルタスク(歩行×認知)は生活改善に直結する
たとえば「歩きながら会話をする」というタスクは、注意配分、実行機能、バランス、姿勢制御、手の操作、環境判断など、多くの神経機能を同時に使います。
デュアルタスクは生活に直結した能力を鍛えるため、机上訓練より“応用力”が高まります。
生活の中で使える認知こそ本物
机上でできても、生活で使えなければ意味がありません。
高次脳機能障害のリハビリでは、生活の中で使える認知、すなわち「実践的な認知」を育てることが重要です。
・料理を計画する
・買い物をする
・支払いを管理する
・外出の計画を立てる
・家事を分担する
これらは日常で求められる能力そのものです。
訪問リハビリが効果的な理由
訪問リハビリの強みは、実際の生活環境の中で、動作、姿勢、生活導線、家族関係、習慣などを見ながら改善できることです。
これは外来では得られにくい視点です。
Totonoe哲学:不調は「機能×習慣×環境」のズレから生まれる
Totonoeでは、身体の偏り、生活習慣、睡眠、姿勢、動作、生活導線、人間関係まで含めた「機能デザイン」を重視しています。
脳は身体だけでも、認知だけでもなく、「生活」を通して働くからです。
家族が抱えている悩みもしっかり向き合う必要がある
高次脳機能障害では、本人だけでなく、家族の負担が増えやすいです。
・会話が噛み合わない
・感情がコントロールできない
・家事の分担が崩れる
・将来の不安が続く
これらは決して「性格」ではありません。脳の問題です。
生活が変わらないなら「訓練の方法」が間違っている
もし机上訓練を続けても生活が変わらないなら、訓練方法自体を見直す必要があります。
脳卒中後の回復には「時期」だけでなく、「アプローチの質」が重要です。
まとめ:脳はまだ変わる。生活の中で、動きの中で。
高次脳機能は、訓練の方法次第でまだまだ変わる可能性があります。
・身体の偏りを改善
・生活環境を整える
・デュアルタスクを取り入れる
・運動と認知の統合を目指す
・家族と一緒に生活設計をする
脳は、生活の中で使われることで再び働き始めます。
あなたやご家族が「もう変わらない」と感じていても、脳は必ず良くも悪くも応えます。
科学的にも、臨床的にも、生活的にも、その根拠があります。


